人間関係。 誰を信じていいか分からない、何かおかしい、と思ったら。

 世の中には、あえて他人の人間関係を崩し、それを楽しむ人がいます。

「あの人がこう言っていた」とウソの情報を流して、

その人が嫌われるように仕向けたり、
それでムッとして冷たい態度をする人の様子を見て、楽しんだりする。

自分のウソの情報を信じて、
反応した人達、
嫌ったほうの反応も、嫌われたほうも反応も、
その人にとっては、なぜか面白い。

それを面白いと思ったり、楽しいと思う感覚がもう、おかしいのですが、

そういうかたが、一番つまらなく思うこと。

自分がウソの情報でトラブるように仕向けたのに、
なぜか無反応。

なぜか何もなく、仲良しのまま。
笑顔で仲良く話している。

さらには、自分が嘘をついていると、見抜かれてしまい、
トラブることがないのはモチロン、
逆に、嘘をついてトラブらせようとした人として、バレて、自分が一人になること。

 だから、もし、誰かに
「あの人が、こう言っていたよ」とか、
「あの人が、こんなことをしていた」と、
人から聞いた時、

その情報にのって、
人に怒りを向けたり、
嫌ったり、
冷たい態度を取ったら、思うつぼで、

その反応を面白がって、
簡単に引っかかる人としてロックオンされ、
自分が嫌だ、と思ったことを、人が言っていたという情報が、
どんどん耳に入るようになり、

なんだかんだとウソの情報を流され続けるようなことになります。

 例えば人に、「あの人がこう言っていた」というウワサを聞いたら、
「教えてくれてありがとう」と言いつつ、
なぜ? その人が、その情報を、自分の耳に入れたのか?
一呼吸して冷静に、その意図を考えてみるといいようです。

そして、その情報が本当か分からないうちだけでも、
まずは態度に出さず、今まで通りの笑顔で接してみる。
または、直接相手に尋ねてみる。
人に踊らされないほうがいいかもしれません。
(状況によるので、いろいろなパターンがあると思いますが。)


 また逆に、何も言っていないのに、ウソの情報を流されて、
何かを言っていたことにされたり、

誰が主犯?か分からずに、
誰を信じていいか分からなくなったとき、

身に覚えもなく人間関係がトラブり始めたり、
何かおかしい、と追い詰められた時は、

問題が解決できそうなら、
思い切って、相手に直談判して聞いてみる。

それが今の自分には無理、と思っても、
無実の罪?なら、いつか分かってもらえる時が来ると信じてみるのもいいかも。
たとえその時が来ても来なくても、自分は自分。
真実は真実。
忘れて次に進む。

世の中には、じたばたしても何も出来ない時もありますし、
見る目がなかったために騙されてしまうこともありますが、

それを機に、見抜くこと。

世の中には色々な人がいるんだな、と、知るだけでも勉強になり、
そういう勉強をした後に、
それが活きて、次に乗り越えられる、ということが必ず起きる。

苦しんでいるのではなく、
学んでいる。

必ず、最終的に、時を経て良い方向へ進むので、
自信を持って、淡々と一日一日を重ねられるといいと思います。